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風のない国があった

空には鳥は飛んでいない。地には花は咲いていない

海には小さな命もなく、波はその歌を忘れていた



風のない国があった


それが過去なのか未来なのか


今はもう誰も語ることは出来ない



ただ、時が終わるのを

いつか見たものが、これを想うだろう





ある晴れた7番目の朝、風を売っているという街へ

きみと僕は、ふたりで出掛けた



それはいつか二人が交わした、かけがえのない約束だった



「ねぇ、風を買ったらどうする?」



誰もいない渚の駅で、スキップするようにきみはベンチに座り

手すりに見つけたかわいい落書きに小さく微笑みながら僕に聞いた



僕は時刻表を見ながらも「きみはどうするの?」と同じことを

僕を見上げる彼女に尋ねた

(だって、きみは聞いて欲しそうな顔で僕をじっと見ていたから)



きみはもう、待ちきれないといった様子で、それでいて

背筋をピンと伸ばしてずっと、その手に温めていた夢を、

世界中の人々に誓うかのように、少し大きな声で僕に語った



「ねぇ、他の人はきっとバカにするでしょうから、あなたにだけ

初めて言うのよ。私はね、その風で空を飛ぶの

あの空を飛んで鳥になりたいの!それが私のとっておきの夢なの!」



陽だまりに、きみの白いワンピースが輝いている

その小さな胸のふくらみに、夢がつまってるみたいに見えた



空を見上げながら話すきみは、すっと立ち上がって

両手を広げ、その瞳を閉じている



心はもうあの空の上にいるつもりらしい





「鳥なんて、想像上の生き物だよ」



突拍子もないその夢に、僕は少しあきれて答える

彼女のために、無理だよという言葉は控えたけれども

残念ながら現実は、そんなにきれいなものじゃない



「でもね、あの空に何もないなんておかしいと思うの

私たち人間しかいないなんて、なんだかとても寂しすぎるわ。

本当は空だって、海だって、命にあふれてたんじゃないかしら」



きみは砂を手にすくいながら、その隙間からこぼれる様を

(まるで自分に言い聞かせるように)見送りながらそうつぶやいた



「そうかなぁ。僕は違うと思うけど」



きみには悪いと思ったけど、それが僕の素直な感想だ

空はずっと空であって、何もないのがあの空でしかない





海のホームで僕達は、やがて次の路線に乗り換えて

そうして半月のような太陽を背に、56番目の砂漠の駅で

その念願の風を買った



風を空にかざして君は、まるで子供のようにうれしそう

さっきまで、僕の言葉に少しご機嫌斜めだったきみは

そんなこと、とっくに忘れたかのように、一所懸命にはしゃいでいる





「あぁ、これが”風”なのね!ねぇ、これで、空を飛べるはずだわ!

ここから飛べは私たち、きっと、空を飛べるんだわ!」



きみは高く透き通る声で、そんなふうに力いっぱい叫んでた



そんなきみを見たくて僕は、確かにココにつれてきたのだけど

でも、どこか何かが少し違ってるような、そんな気がして

僕はそんな君に少し、冷静に話してみた



「確かに昔、人は風で空を飛べたらしいけど

でも、どうして飛ぶ必要があるの?僕達は、いつだってこんなふうに

地上から、どこにでも行けるし、時間だってかからない

誰も不便に思わないし、そんなふうに考えたりもしないのに・・・」



「あなたは何もわかってないのね。

確かに地上にいても、私たちは、何の苦労もないけれど

でも、何の苦労もないことが、果たして本当の幸せかしら?

そうして気付かずに失くしたものが、私たちにはたくさん

あるんじゃないかしら?」



きみはそんな不思議なことを言った

そんなこと、僕にはわからない

便利な道具は僕達の、周りにいくらでもあふれている

それらは確かに僕達を、幸せにしてくれているはずなんだ



きみはこの丘の上から、今すぐ空を飛ぶんだと言う

そんなこと、僕達は、今まで一度だってしたことがない。

そうする必要が今までなかったから

そうすることで、どうなるのか?僕には想像もつかなかった



「どうなるのかわからないのよ

私、ひとりが飛ぶからあなたは・・・」と

きみは言いかけたけど、そんなこと、僕が許さない

僕はそれでもはじめから、君と一緒に飛ぶことに決めてたんだ



きみはあきらめたように、僕の右手を握って

そして、もう片方の手には、それぞれその風”を握りしめた



君はためらうこともなく、ちらっと僕の顔を見ると

突然、握った手を離して、そして丘から飛び降りた



きっときみははじめから、そうするつもりでいたのだろう

でも、僕は少し遅れながらも、きみを追うように飛び降りた

あのとき怖さとか痛みとか、そんなものは僕達には

もうすでに何もなかった



それは彼女が言った”気付かずになくしたもの”のひとつ

なのかもしれない







僕達はただ、落下して行った



風もなく、空を飛ぶこともなく

彼女の夢も叶うことはなかった



やがて地上に着いた僕たちの

体は激しく叩きつけられ、そして壊れていった



その体から血は流れることもなく、きみの破れたワンピースからは

複雑な電子回路の部品が、三日月のように突き出ていた

きみはもう、二度と、立ち上がれそうになかった





・・・何かが見えるわ

きみがつぶやいた

僕はもう、喋ることも動くこともできず、ただ、きみを見つめていた



鳥が・・・鳥が空を飛んでいるわ・・・



それははるか遠い記憶の、小さな小さな断片だった

・・・・頬を何かが撫でている・・・あぁ、これが風なのね・・・

きみの言葉がだんだんと小さくなる



ねぇ、私、空を飛べるわ

きっと、これで、そらを・・・あれ?・・・だんだん白くなってゆく

言葉が・・・・あなたが透きとおって・・・ゆく・・・



ねぇ、わたし・・・









そして、きみは止まった





僕はいつしか思い出していた

僕達人間は、永遠の命を得たけれど

いつしかそれさえ忘れるほど、時が流れていったことを



僕の視界も、だんだん透きとおってきた

風景が滲んでいる。とっくに僕らがなくした涙が

僕の瞳からこぼれている



それは僕の心が君を、求めた最後の奇跡かもしれない





きみが買った風は君の右手に優しく握られていた

そして、いつしか僕も止まった



僕のこの意識だけ残して・・・



時が流れ、また、新たな命が生まれ

そして、本当の風が生まれた



菜の花が咲く公園で、小さな女の子がきみの

買った風を見つけていた



「ゆりちゃん、どうしたの?」

「お母さん、これ何?」

「え、どこにあったのそれは?」

「砂場の中にあったの」

「ふうん、誰かが忘れていったのかな?」

女の子のお母さんはそういいながら、軽く息を吹きかけた



「わぁ、面白い!くるくる回ってる!」



「ほら、風でね、まわるのよ」





気持ちよさそうに、

風とともに遊んでいるそれは

きみとあの日、二人で買った



赤い風ぐるまだった


風のない国があった

空には鳥は飛んでいない。地には花は咲いていない

海には小さな命もなく、波はその歌を忘れていた



風のない国があった

それが過去なのか、未来なのか

今はもう、誰も語ることは出来ない
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2013.06.15 
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